●選択性かん黙(場面かん黙)Q&A
                               元 茨城県教職員組合 教育相談員 五藤義行

■選択性かん黙Q&A
 (場面かん黙症・選択性かん黙症・場面緘黙症・選択性緘黙症)
  以前は「場面かん黙」 At Place Mutism といわれていましたが
  その後「選択性かん黙」 Selective Mutism といわれるようになりました。

Q.  一般的に選択性かん黙とはどのような状態を指すのですか。

A. 言葉の発達は正常なのに、特定の場面(例えば学校)で全く話せないでいる状態を指しています。決して一時的なものではなく、その状態はかなり長く続きます。たいがいは特定の場面によるのですが、周囲の状況とか相手にもよりますから正式には選択性かん黙といいます。200〜300人に1人か2人で、どちらかというと女子に多くみられます。この症状は就学前から少しずつ現れはじめて、たいがい就学後にその症状が少しずつ強まっていくものです。ですから、前思春期になってから無口になるような状態とはその点が異なります。

Q. なぜそういうふうになるのでしょうか。

A. いろいろな説明があるのですが、根底には緊張感とか不安感があって、そこから自分の神経の安定を守るための一手段のようですね。つまり一つの安全弁として無意識的にかん黙状態をとるのだという説明が最も納得しやすいと思います。一つ注目したいのは、この症状は国や文化の違いを越えて共通しているということです。WHO(国際保健機関)の診断基準には「小児期に発症する情緒障害」の一つとして載っています。

Q. 保護者の養育の偏りとか幼稚園・学校のまずい対応ということではないのですか。

A. その影響を全く否定することはできないでしょうが、その「まずい対応」、例えば虐待ですが、虐待で口を閉ざしてしまった子どもと、この選択性かん黙の子どもの状態というのは質的に違うのです。私のこれまでの相談経験からいいますと、保護者も担任も例外なくいい人でしたね。それだけ余計に「なぜなんだろう」との思いが強いのです。

Q. なにか話したことに失敗して人に笑われたので、それっきり口を閉ざしてしまったということではないのですか。

A. よくそういわれるんですが、確かに誰でも一時的にはそうなるでしょうね。ですから、かなり長い期間続くというのが選択性かん黙の診断の基準の一つになっているのです。

Q. それではこの子どもたちには、どのような配慮が必要ですか。

A. 家では普通に話しているのですから、この症状は非常に不思議がられます。そこでなんとか話させようといろいろ仕向けられるのですが、その働きかけ自体がかえってその症状を強めてしまうことが多いのです。まず、この症状の正確な理解が基本的に大切です。
「こういう症状をもつ子どももいるものだ」との理解ですね。それが欠けている間は「家で話ができるのになんで学校で口を開かないのだ」と子どもに迫ることになります。その子どもは話をしたくないwill not というよりも、心理的に話ができないcan notの状態にあるとの理解があれば、その子どもに添ってやれるようになります。特に保護者は、その子どもの言語能力が正常に発達していることが分かっているのですから、学校で話をしないことを責めないでもらいたいのです。

Q.  担任としても気になるところですね。

A. 担任はしきりに自分のせいかと悩むものです。そう思うとなんとか自分が治さなければとしきりに声をかけるのですが、これが本人にとっては痛いところに触られることになります。それよりも、ちょうど喉を痛めて声がだせない子どもに対するように、さりげなく相対してください。そして「あなたはお話はしなくても、なんでも分かってるものね」との視線を向けてくれれば子どもの安心がふくらみます。

Q. そのように対応していったとして、その症状は軽くなって人前で話すようになるのですか。

A. 選択性かん黙の子ども全般の傾向をみますと、本人にとっての条件が良ければ小学校高学年になるにつれてその状態からの脱皮に向かっていきました。カタツムリの歩みのようですが、やはり心理的な成長というものだろうと思います。学校には1年生には手の届かない高い鉄棒がありますが、高学年になるといつのまにか手が届くようになります。あれに似ていると思うのです。
 ところが、「なんとか話させよう」とする周囲の善意の働きかけが、かえって本人の緊張感を高めてしまうことが多いのです。緊張が高まって身体が硬直して、体育もやらない清掃もやらない、それから給食も食べないというようになってしまう子どもがみられます。
 また、周囲の子どもたちが「あの子は話さない」と決めつけているので「話そうにも話せない」という関係になってしまうこともあります。

Q. そういう関係がほぐれると本人も気楽になれますね。

A. ですから、多くの選択性かん黙児が小学校卒業を機に話し出すものです。実際にはもっと前にかん黙から脱しているのでしょうが、周囲との関係でできなかったのでしょう。

Q. どの子も小学校卒業を機に話し出すのですか。

A. そうではありません。中学校卒業までもち越してしまうこともあります。どういう子どもが中学までもち越すかとの区別はつけづらいのですが、かん黙であることを責められず、強制的な治療訓練などをされなかった子どものほうが早くかん黙から脱するようです。ですから、「あなたはお話はしなくても、なんでも分かってるものね」と支え続けてやることが、本人のかん黙から脱するエネルギーになるのです。

Q. かなり長い期間にわたることもあるのですね。

A. そういう事例もあります。しかし、そうであっても中学校という最後の地域同族集団から解放されればこの子どもたちは話をするようになります。その長い期間を本人はもとより保護者を支えていくことが非常に大切なことになります。そこで保護者との信頼関係のある相談員の一貫した相談が大切です。なにぶんにも、この選択性かん黙という症状は誰にとっても不思議で歯がゆいですから、しばしば訓練的に発語を強いられたりする恐れがあります。そういう無理な関わりが本人の精神状態をゆがめる恐れが多分にありますから注意が必要です。

Q. 具体的な事例や実践のレポートはありますか

A. 下記のレポートに事例を書きましたので、ご参考になさって下さい。
   五藤義行著
     『少女たちのミューティズム』 The Girls in Mutism 場面かん黙児との月日

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